高齢の父
今、父が肺炎で入院している。といってもたいしたことはなく、明日退院の運びとなる。
11日の夜、さしこみがあるというので念のため病院に連れて行き、レントゲンで肺に影が見えたのでその日のうちに肺炎で入院した。咳も出ていない初期段階だったので86歳という高齢にしては幸いな状況、素早い対応で良かったと胸を撫で下ろしていた。
が、高齢の父にしてみたら、ちょっと見てもらうつもりで行った病院で、あれこれと体をいじられた揚句、不自由な耳にわかりにくい説明で、なんの心構えもなく即入院という状況が把握できなかったようだ。
高齢の父に、ことの事態を説明し納得してもらうには若者の3、4倍の時間とゆっくりしゃべる労力(労力というほどのことでもないんだけど)がいるけど、お医者も、夜仕事から帰ったその足で病院に連れて行ってくれた家人も普通の説明をしたのだろう。(連れて行ってくれただけでもありがたい、良い家人です)父は、明日にでもすぐ帰れるつもりでいたようだ。
次の日、父の代理で私が受けた、お医者の「若いころ患っていた結核は完治しているが、気腫があり、そのために常人より治りが遅いかもしれない。肺の影を見ながら抗生物質投与などをしていく。完治には大体10日前後を見ている」という診察結果を父に話したが、間接的な話はピンとこなかったようだ。いくら説明しても、「若いころ結核を患っていて」というフレーズに強く反応し、「それは完治しているとお医者もわかっているけど、ただ、そのためにね」という私の説明が耳に入らない。思い込む質が高齢になってますます強まった父には10日間という意味も病院が儲けるためという風にとってしまった。
(そうなったらお終い、思い込んだら考え変えません) まぁいい…気を取り直して、入院手続きや着替えの用意などして体制を整え、10日間の入院生活に突入した。
が、あちゃあと思ったのは…
夜に、帰りたいと言い続けて看護師さんたちを困らせた様子。
マイペースで気ままに自分の時間を過ごしてきていた父には寝ているだけの生活が性に合わない。自覚症状がないので直さなければないない状況にあるという把握ができない。
入院した翌日にはあろうことか抗生物質入りの点滴を自分で引っこ抜いてパジャマを脱いで帰り支度をしていたようだ。
休日ということもあって看護師さんたちも忙しく、帰りたいと訴える父の言葉にあいまいな態度だったようではある。休日で先生がいないから許可はできないとはっきり理由付きで断ってくれれば父も少しは理解しただろうが。ただ、看護師さんたちも悪いわけでもない。父も、早く帰りたいと訴えるが、何故かという説明をしない。相互理解の努力をしない。直接行動にでてしまう。コミュニケーションをとるということがあまり得意では世代ではあるし、自分の思いだけの行動をとったら他人にかかる迷惑があるということに思いいたらないのだろう。高齢になってその傾向が強まったのだな、と娘の私は右往左往させられる。父の言い分をきいて、外泊もできるからねとなんとか説得する。
2、3日して、眠れないので家からこっそり酒を持ってきてという。父は不眠傾向で、普段寝酒をたしなんでいる。ひぇぇぇ、出たよ。以前の入院の時もそんなこと言って困らせたよなぁ。睡眠薬を出してもらうように言うからと、なんとか説得する。
気分的にドタバタした父の入院は、父の帰りたい口撃に根負けした病院が今週水曜日以降なら退院してもいいと許可し、今日再検査して金曜日に退院すると決定した。父にその旨をつげ、もう2、3日の辛抱だからねとなんとか納得してもらう。
本当は、完治してから退院してほしいと娘の私は切に願う。高齢なので再発が心配だからだ。1週間と10日間ってそう大して違わんだろうのにと思う。
ただそういう思いはありながら、もう一方で思うことは、高齢者の入院は、若い人に比べてその人の気力をよりたくさん奪う。1年前の、骨折で3カ月入院したころより、今回の方が入院期間が短いにも関わらず切実にそのことを感じる。入院している父はだんだん顔が険しくなって、孫にしか笑顔が出なくなっている。それを見ると、はやく退院させた方がいいのだろうと思ってしまう。
高齢者にとって、身近な場所に、居場所は絶対必要だ。
これから心身ともにどうなるかわからない高齢の父を抱えて、どの程度の介護がいるのかどの程度心身の負担が介護する私にくるのかわからない。でも、その時期は確実に迫ってきていると思う。父のわがままと思わず、それもありよねと父のしたいことを受け止めるゆとりの精神力が必要になる日がきっと来るだろう。しっかり覚悟をしていかなければ。
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