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2009年4月18日 (土)

原子力発電について その6 原発事故

炉心溶解

核分裂反応が連鎖している状態を臨界という。この連鎖が異常に高い効率で、核分裂が進むとすぐに核燃料内部が中性子であふれ、出来るだけ速やかにすべてのウラニウム235の原子核が核分裂する方向へ動く。制御を超えて一度に進む核分裂反応はエネルギーの発生も一度に起こり、発生する高熱と強力な放射線があたりに放たれる。これが核爆発。(核の暴走みたいなもんか)

ただし、現在の発電用原子炉で核爆発が起こる事は全く無く、起こりえる最悪の可能性は、進みすぎた核分裂反応による高温のために炉心が溶け落ちる炉心溶解である。

炉心溶解を避けるために、核燃料の精製度や量、形、配置、反射材、制御棒の高さ、静の圧力、ホウ酸の量、可燃性毒物の量などの調整により制御された範囲内で核分裂が進むようにしている。また、多少の調整のブレがあってもすぐには制御を離れないように最初から炉心での反応そのものが簡単には進まないようにしている。

以下にこれまでの原発事故の主なものをあげるが、つらつらとみてみるに、人災と施設の不備・欠点が主(ってそもそもこの二つしかないか)。施設の事故はまだ防げる可能性もあるが、人災は防ぎようがない。一度の事故で取り返しのつかない最悪な状況を引き起こす原発の永遠の課題。

軍事以外のこれまでの主な原発事故

1957年  ウラル核惨事プルトニウムを含む200万キュリーの放射性物質が飛散した。ソ連は当時、この事故を極秘としていた。放射性物質の大量貯蔵に伴う事故の危険性を知らせた事故。 

同年   ウィンズケール火災事故世界初の原子炉重大事故。炉心での減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け多量の放射性物質を外部に放出した。避難命令が出なかったため、地元住民は一生許容線量の10倍の放射線を受け数十人がその後白血病死した。現在の白血病発生率は全国平均の3倍。

1961年  SL-Ⅰ事故…軍事用の試験炉で軍事基地の暖房としての出力もあった。当事者が死亡しており原因ははっきりとは分からないが、制御棒を運転員が誤って引き抜き原子炉の暴走が起きたと考えられた。事故で放出されたエネルギーは50MW秒、炉内の100万キュリーの約1%が放出された。事故当時の3人の運転員のうち2人は即死。生き残った一人を救急車で搬送しようとしたため、その救急車も放射能に汚染され放射性廃棄物として処理された。三人の死体は露出していた頭部などの汚染度が酷かったため、切断して高レベル放射性廃棄物として処理しなければならなかった。

1966年  エンリコ・フェルミ1号炉…米国の高速増殖炉試験炉。炉心溶解を起こし閉鎖された。炉心溶解事故の最初の例。

1979年  スリーマイル島原発事故炉心溶解事故レベル5の事故。不完全な設備保全、人間工学を重視していない制御盤配置、運転員の誤判断等が重なって発生した。この事故の影響で米政府は新規原発建設中止に追い込まれた。

1986年  チェルノブイリ原発事故…記憶に新しい事故。チェルノブイリ4号機が爆発・炎上し、多量の放射性物質が大気中に放出されたレベル7の深刻重大な事故事実上人類史上最悪の原発事故である。無許可での発電実験中、安全装置を切り制御棒をほとんど引き抜いたために出力が急上昇して起こった。世界規模で被爆した。この事故を契機に国際的な原子力情報の重要性が認識され、世界原子力発電事業者協会(WANO)が結成された。

(沸騰水型原子炉臨界事故)

1973年  バーモンドヤンキー原発…検査のため引き抜いていた制御棒の隣の制御棒を誤って引き抜き炉心の一部が臨界。

1976年  ミルストン原発…臨界状態。

1987年  オスカーシャム原発…制御棒の効果検査で引き抜いていたところ、想定外の臨界状態になり、運転員が気付かず臨界状態が続いた。

日本の主な事故(レベル2相当以上の事故)

1978年  東京電力福島第一原発事故日本初の臨界事故。戻り弁の操作ミスで制御棒5本が抜けた。沸騰水型原子炉で、弁操作の誤りで炉内圧力が高まり、制御棒が抜けるという本質的な弱点の事故。この情報は所内でも共有されず、所内、また他の原発でも繰り返された。本質的な弱点なので、世界中で起こっている可能性がある。事故は29年後に発覚、報告されたが、東京電力は「当時は報告義務がなかった」と主張。

1989年  同所…原子炉再循環ポンプ内部が壊れ、炉心に多量の金属粉が流出した。レベル2。

1990年  同所…主蒸気隔離弁を止めるピンが壊れ、原子炉圧力が上昇して「中性子束高」の信号で自動停止した。レベル2。

1991年  関西電力美浜原発事故主蒸気隔離弁の伝熱管の1本が破断し、非常用炉心冷却装置が作動した。レベル2。加圧水型原子炉特有の弱点である。この事故で、マスコミの連日のオーバーな報道によって加圧水型原子炉が沸騰水型原子炉に比べて危険なもののように印象付けられた。その後も、制御棒の搬入方法や日本特有の条件を無視して、スリーマイル島事故と合わせ「加圧~は沸騰水~より反応余裕度が少なく危険」と断じる評論家が多い。

同年   中部電力浜岡原発事故…誤信号により原子炉給水量が減少し、自動停止した。レベル2。

同年   同所…炉内圧力が高まり、制御棒が3本抜けた。中部電力は翌年に、マニュアルを改訂した。「国への報告はしなかったが他電力へ報告した」と主張。

1997年  動力炉・核燃料開発事業団東海再処理施設アスファルト固化施設火災爆発事故…低レベル放射性物質をアスファルト固化する施設で火災発生・爆発。レベル2。

1999年  北陸電力志賀原発事故定期点検中に弁操作の誤りで炉内圧力が上昇し3本の制御棒が抜け想定外で無制御臨界になり、スクラム信号が出たが制御棒を挿入できず、手動で弁操作するまで臨界が15分続いた。スクラム用の窒素を全ての弁から抜いてあったというミスとマニュアルでの弁操作が開閉逆だったというのが原因。運転日誌への記載も本社への報告もなかった。レベル1-3。日本で2番目の臨界事故。この事故に関して一部マスコミで「沸騰水型の制御棒は下から挿入されるので、水圧が抜けると落下する危険がある」との誤報があったが、実際は「水圧装置の誤作動により引き抜き操作が行われたのであり、重力の影響で落下したのではない」ことに要注意。

同年   東海村JCO核燃料加工施設臨界事故日本で3番目の臨界事故。レベル4。

その他の有名な事故

1973年  美浜原発燃料棒事故…核燃料棒が折損する事故が発生。関西電力は公表せずに秘匿していた。内部告発。

1974年  原子力むつ…放射線もれ事故

1995年  動力炉・隔離弁開発事業団高速増殖炉もんじゅナトリウム漏洩事故…2次主冷系の温度計のさやが折れ、ナトリウムが漏洩、燃焼。レベル1。この事故で、もんじゅは10年以上経った2008年現在も停止したまま再起動の動きがあるのでは

1998年  福島原発…定期検査中、137本の制御棒のうち34本が50分間、全体の25分の1抜けた。

2004年  関西電力美浜原発2次系配管破損事故…2次冷却系のタービン発電機付近の配管破損により高温高圧の水蒸気が多量に噴出。作業員5名が熱傷死亡。

2007年  新潟県中越沖地震に伴う東京電力柏崎刈羽原発での一連の事故…発生した中越地震により、外部電源用の油冷式変圧器が火災を起こし、微量の放射性物質の漏洩が検出された。また、高波によって敷地内が冠水、使用済み燃料棒プールの冷却水が一部流出この事故により、柏崎刈羽原発は全面停止を余儀なくされた

(軍事事故は略)

さて、これを多いとみるか、少ないとみるか…。危険と言われる施設にしては意外と被害が少ないとみるか、一度起こったら取り返しがつかないとみるか。施設の保全をしっかりしていたら、少なくとも大事故にはならないと思うか。

やはり、中立な立場の複数の専門家たちの公平な目でみた意見がききたい。

世の中は原発推進に動いているのは間違いないのでは。特に日本は…。オバマ米大統領はグリーンニューディールで自然発電に力を入れようとしているけど、日本の電力会社は全然自然発電には乗り気ではないようだ。

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