日本の食糧事情
朝日新聞に載っていた記事から
東京都杉並区立三谷小学校の給食メニューには、月の半分、「国産食材だけで作る国産給食」が登場するそうだ。昨年3月から、パンを月2回に減らすなど工夫し、1食2.6円のコスト増に抑え実施しているとのこと。きっかけは中国冷凍ギョーザ中毒事件と穀物高騰問題で、日本の食糧自給率40%のもろさが私たちの食生活を揺さぶった時だった。(うん、そういえばその頃のワイドショーは連日、食品の価格を報道していたもんなぁ…)三谷小学校の栄養教諭の江口さんは「日本製の加工食品も原材料は多くが中国産や米国産。すべて国産にするのは難しいが、安全には代えられない」
朝日新聞のその記事は、日本の食生活が大きく変質したのは敗戦の翌1946年12月、米国の人道支援物資であるコッペパンと脱脂粉乳で始まった学校給食がきっかけと続けている。54年、日米は相互防衛援助協定を結び、米国は自国で余った小麦を日本に買わせ代金の5分の1を「軍事援助」として日本に贈与した。同年、日本は学校給食法を制定、パン給食に力を入れ、米国は給食をビジネスチャンスととらえた。援助は3回で終わったが日本は小麦を買い続けた。
日本の食は欧米化した。肉や油の消費が増え飼料輸入も増大。食糧自給率は60年度の79%から減り続け、95年度からは40%前後で推移。現在、小麦の5割、大豆の7割、トウモロコシの9割を米国に依存する。
ブッシュ大統領が01年、「十分な食料を生産できない国は、国際圧力に従属する国、危機に直面する国になる」。中国産食品の安全性に過敏な日本の消費者だが、食糧を外国に依存する生活は、米国の小麦とともに植え付けられた構造、と記事は続ける。
給食開始から半世紀、再び米国の都合が日本の食を揺さぶっている。バイオエタノール推進で原料のトウモロコシ需要が急増。大豆や小麦の作付けが減少し、穀物高騰の一因となった。そこへ病害虫に強く、収穫量が多い遺伝子組み換え作物の隆盛が重なり、今や米国産大豆の92%、トウモロコシの80%が遺伝子組み換え作物となる。
昨年9月に、北海道豆腐油揚げ商工組合の理事長が遺伝子組み換えでない大豆を買い付けにオハイオ州に飛んだが、米国農家は「今年は中国も欲しがり出したから高く買ってくれるほうに売る」。南米産など別の産地の大豆を検討した大豆卸問屋も、品質の点で割高の米国産に頼らざるを得ない。「このままだと、いずれ遺伝子組み換えの使用も考えなければならなくなる」。米化学大手デュポン傘下の種子メーカーは「世界に遺伝子組み換え作物の受け入れが広がっている。受け入れない国はコストを負わなければならない」
もう今では、そんなら自国で大豆を作って加工しようとか考えられないほど、日本の農業事情は壊滅的なんだ。外国産は危ないからって国産の需要が高まっているのに、その国産農作物についてどれくらいの日本人が思いをはせているのか。国産農作物を買うために私たち消費者がしなければならないことをどの位の日本人が具体的ににわかっていることか。生産者頼みは甘いのだ。
日本人は農耕民族だから、昔は自給自足の生活を送り、自国の食糧は自分たちで賄っていていたはずだ。いつ頃から輸入に頼り自給率が下がってきたのか、日本にとっていかに農が大切かとかを、日本全体で真剣に考えていく時期が一刻の猶予もなく迫って来ているんじゃなかろうか。食糧を作り出せず、輸入に頼っていて危機を感じないなんて、なんと呑気な国民であることか。
今、職を失った人たちが農業や漁業に関心を寄せている。行政もそのような人たちが就農することを積極的に支援するようだけど、私はそれが良い方向に向かっていくのか、今の段階では懐疑的だ。この不景気や失業対策が一段落した時、その中の何人の人が農業や漁業に残っているだろうか。農地放置などの荒廃化が一段と進むのではなかろうかと懸念する。そうならないために、就農する人への、安定するまでの期間の技術・物資支援が大事だ。と同時に既存農家(主に専業農家)を保護することが一番大事だと私は思う。行政が机上の論理で考える、失業対策と農業復興の一石二鳥に息を吹き込み本物にしていくために。
朝日新聞の「記者の目」から抜粋
…これらを考えれば、長期的には食糧不足は避けがたい。先進国がカネの力で食料を買い占めれば、しわ寄せは貧しい国に行く。基礎的な食料を自給することは先進国の義務でもある。
「自給にこだわると食の選択肢が狭められ、豊かさが失われる」という識者もいるが、むしろ「食のグローバル化」が真の豊かさを失わせてきたと考えている。
市域の伝統的な食材や料理は忘れ去られファーストフードやコンビニ弁当が広まった。…地域の近海魚よりもいけすで育ったまぐろ…個性の強い在来の野菜や果物はすたれ、甘くて食べやすい改良種が取って代わった。
食文化の破壊は輸入食品だけのせいではない。だが、地元にあった食べ物をないがしろにし、食を画一化させてきた。安く、手間がかからず、見た目がよく、そこそこ美味しいーそんな規格化された食品が主流になり、その多くが輸入品であったり輸入食材で作られている。
その結果、生産と消費の場の距離が広がり、 消費者が生産や流通の実態を知る機会は少なくなった。消費者は結果を受け入れるだけの存在になり、商品の一斉値上げに困惑し、毒物混入、偽装表示など食品の安全性をめぐる相次ぐ問題に至っては何を信じていいのか分からなくなる。 生産者、食品業界、消費者がともに「豊かさ」や「効率性」を追求したことがこうしたゆがみと自給率の低下をもたらした。
日本でも生産者と消費者の提携による産地直送や、消費者が農地のオーナーになって農家を支援するという取り組みが広がりを見せている。これらは「モノとカネ」のシステムに「人と人」の関係を構築しなおす試みといってもいい。
「輸入食品は危険だから国産を買う」といった短絡的な反応は、無知と怠惰の裏返しにすぎない。
まずは、日頃食べている食品が、どこでどう作られているかを調べることからでいい。遠回りのようでも、それが安全で真に豊かな食を確保するための第1歩になる。
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 太陽光発電、風力発電 その前に(2009.05.04)
- 電子力発電について その7 発電コスト(2009.04.19)
- 原子力発電について その1 原発って?(2009.04.15)
- 原子力発電について その2 歴史(2009.04.15)
- 原子力発電について その3 現状(2009.04.15)

コメント